僕らは患者との約束の数だけ成長する【思い出話】

今回は数年前に所属していた部署での思い出話。

誰にだって忘れられない経験はある。

だけど思い出は色褪せる。

その時の気持ちを忘れないよう、ここに残そう。

けいた
この記事を書いているのは、看護師歴10年ちょっとの者です。
専門学校卒で10年目に専門看護師になりました。 普段は、専門看護師として働きつつ、料理や栄養の知識なんかをInstagramやブログを使って発信しています。「はじめまして」はこちらから。

当時、僕がのいた所属部署にずっと入院されていた患者が亡くなった。
患者は、約1年という治療期間を終え病院を後にした。
僕が配置されてから約3ヶ月色んなことを彼から教えてもらった。

彼も入院治療や病気を通し、
たくさんのことを思っていたようだった。
本を読み、絵を描き、日記を書き、
その中で個室から出れないことによる長く寂しい1人の時間を過ごしていた。

「また顔見せてぇ」
訪室した後はいつもこう言った

仕事にしてもプライベートにしても彼はいつも僕をそういって励ましてくれた。
「あんたなら大丈夫や」
僕は彼を同じように励ますことが出来ただろうか?
死ぬ直前、彼は何を思っていたのだろうか。

最後の1ヶ月、彼の病状は徐々に思わしくなくなっていった。
反応が鈍くなったり、夜間眠れなくなってナースコールをたくさん押したり、と。


そんな夜勤の仕事始まり。
彼の病室を訪れ、11月に行った京都の写真と、
僕の故郷の神奈川の写真を渡した。
彼はとても喜んでくれた。
僕もうれしかった。

その時間に少しの間お話をした。
彼の奥さんも5年もの闘病生活の末亡くなったのだと聞いた。
その亡くなる少し前に奥さんが彼に対し、
「・・・さん、今までお世話になりました、ありがとうございました」と言われたそうだ。

彼は当時の夫婦の関係について今とは違うと言われていた。
自分たちの夫婦関係について、いわゆる父権的な関係が主流であったと。

彼は、それでよかった時代はもう終わったんだと。
これからは夫婦仲良く、助け合っていく時代なんやと。

「自分の奥さんにそう言われて初めて、半人前同士が2人で1人前になれたなって、これでええんやなって思えた」と話してくれた。
僕もそんな風に思えるような家族を作りたいです、って言ったら、
彼は「あんななら大丈夫や」
そう言ってくれた。


ベッドから起きるのが辛くなった頃、
彼にどっか行きたいところってあるか聞くと、
京都市内にある龍安寺がええなぁと言ったので、
じゃあ写真撮ってきますねって約束した。

日に日に悪くなっていく彼を見ながら、早く休みになることを願い、
約束した4日後に京都の龍安寺で紅葉の写真をたくさん撮った。
早く見せたい気持ちを抑えて過ごした。

次の日、プリントアウトした写真を持って彼の部屋訪れると、
彼はなんとか声かけに反応できるレベルまで病状が悪くなっていた。
ある程度予想はしていたものの、
現実は残酷だった。

龍安寺行ってきたよ、とか
写真見て、とか僕が言うと、
彼は「うんうん」と首を縦に振りながら必死に答えようとしてくれる。
力を振り絞って目を開けてくれる。
必死さが伝わってきた。

その夜、彼は亡くなった。

僕は約束を守れたと言えるのだろうか。
彼は彼の最後にどれだけの覚悟や納得があったのだろうか、
今となっては、今じゃなくてもだが、もうわからない。

看護師を含めた医療者はこういった経験を超えていかなくてはいけないのだろうか?
僕はやれるだけのことはやったような気もするし、
まだできることがあったような気もする。

「また顔見せてぇ」
という彼の声と笑顔を忘れられない。
やはりもっと看護師として人として何か出来たんじゃないかと思う。
ただそれは後の祭り。

彼との患者-看護師関係の中で生まれたさまざまな感情や出来事を振り返ることで、
これから僕と関わるすべての人にプラスに働くことを願う。

 

 

 

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