前回の記事では、
患者の認識している病気による苦痛をしっかり知ろう、という話をしました。
なぜかというと、
病態や障害に伴う症状だけではなく、
患者は病院に来ること、薬を飲むこと、などが生活の支障になっており、
そもそも病気の管理のための行動自体がQOLを下げている可能性があるからです。
「そんなこと言ったって医療者の言うことを聞かないと悪化しちゃう」
そうなんです。
でもそれを理解して決めるのは患者であり、
僕ら医療者ではありません。
患者の理解度や生活に合わせた目標設定の中で、
目を瞑るところは瞑る、やってもらうところは患者と一緒に決定する。
この繰り返しが療養を続けるためには重要なのです。
これまでいろんな病院でいろんなことを言われながら
社会生活と療養行動をなんとか両立しようとしてきたことにリスペクトがないと、決して信頼関係を結ぶことはできない、
前回はこんな話をツラツラ書かせていただきました。
毎回前置きが長くてすみません。
前回に引き続き、
心不全のAさんは再入院を繰り返すベテラン入院のルールを守れず看護師や主治医を困らせることもしばしば
数年前の術後の腓骨神経麻痺で右下肢の動きが悪くなってから仕事を辞めパート+生活保護に水分や塩分管理が課題だが、どのように自己管理を促すのがいいでしょうか?
今回もこのベテラン心不全患者さんと一緒にお付き合いください。
この記事では、
・日本で病気をもつということ
・自己管理が身につく過程を知ろう(実践編)
決して難しい内容ではなく、「そりゃそうだよな」と思いながら読んでいただけたら幸いです。
では、参ります。

Contents
□セルフケアと自己管理
セルフケアと自己管理をごっちゃにしてよくカルテに記載されていることがあります。
ようはコンプライアンスが悪いって言いたいんでしょうけど、
これについては以前のブログで書いてるのでご参照ください。
コンプライアンスは使い方間違えるとダサいので気をつけてくださいね。
セルフケアはOremさんの定義を参考にすると、
自分のために自ら行動を起こしやりとげること、です。
そこに至る、認知、判断、行動といった要素は全て含みます。
つまり、病気をもったことでとる行動に特化した言葉ではないのです。
もちろん健康行動に関してよく使われる言葉ですが、
人間が普通に生きていくために自分で行うこと全てに関する概念なのです。
その中で、健康行動をとるために患者が持てる力を最大限生かし、
QOLと療養の折り合いをつけるセルフケアをセルフマネジメントと言います。
一般的に言われる「自己管理」と一番近い言葉だと思います。
□これまでのセルフケアとこれからのセルフケア
一昔前のセルフケアというのは、
医療者が患者の生活上の課題を見つけ指摘し、
そのための知識や技術・態度の習得を助けてきた
つまり、イニシアチブをとるのが医療者の役割であり仕事であった。
これって普通に看護学校で習う看護過程なんですよね。
でも、慢性疾患や高齢患者が増え、
必ずしも同じやり方で同じように成果を出すことは難しくなりました。
いろんな性格や社会背景、認知機能に差があるのに、
画一的な方法や指導では患者全員が良くなる時代ではなくなったのですね。
慢性疾患のように、日々の生活全般に関わる生活行動の変化を求められると、
患者自身も症状や障害を感じない場合、徐々に生活がしやすい方法に変わってしまうのが普通です。
つまり、いかに患者の背景に合わせた方法を検討し、
そのための知識や技術を工夫して伝え、一緒に考えるか、
といった医療者の柔軟な関わりが重要視されるようになりました。
健康教育は下の図のように、
医学モデル→公衆衛生モデル→セルフマネジメントモデルと移り変わってきました。

しかし、このモデルもさらに個別的に支援することが求められるようになっています。
図で言うところの川で溺れないために泳ぎ方を教えるだけではなく、
ビート板や浮き輪を紹介したり、お金がある人には船を紹介することもある時代なのです。
しかし、それも患者の認識や判断のための医療者の関わりと、
患者の自己決定があってこそなのです。
そのためにセルフマネジメント支援は看護師による患者教育には重要な視点となります。
ただ少し懸念があるとすれば、セルフケアを個人で頑張る力と考えられてしまうと、
患者は少ししんどいと思います。
日本は昔から、アメリカなどと違って「個」が明確ではなく、
いわゆる「甘え」のネットワークに支えられて社会生活を営んできました。
家族や会社といった組織文化が根強いのも、
差別が手強いのも、
良くも悪くもこういった社会背景があるからなんですよね。
でも、そのネットワークがあったからこそ、
患者は家族の力を使う、家族は患者に使われるというセルフケアの関係が成り立っていた。
個人と家族の境目が曖昧だったのです。
そういった、他者の力を評価し、自分のために利用する、
これも日本ではセルフケアとして考えられてきたことが特徴です。
そしてその曖昧さを利用して家族へのがん告知を先に行い、
家族の気持ちを患者が察していくという告知の文化があるのが日本らしさでもありました。
もしかしたら、日本でも「個」が重要視されるようになってきたことが、
セルフケアの考え方を変えてきた理由なのかもしれません。
□セルフマネジメント支援の過程
ここからが実践編。
ポイントを絞ってお伝えできるように頑張ります。
セルフマネジメントのプロセス
②リスクが高まる状況を把握してもらう
③テーラーメイドのセルフマネジメント
①再発リスクがあるという理解を促す(スタート)
心不全の患者に限りませんが、
多くの病気は同じ生活をしていることで再発、もしくは合併症を引き起こします。
心不全は繰り返すことが前提であり、さらに再発をして入院院を繰り返すことで身体機能が落ちることがわかっています。
それによりさらに再発しやすくなるとともに重症化もしやすくなり、最期を迎えます。
最初からそんな怖い話をする必要もないし、
心不全に関する説明は医師と協働して行う必要があると思います。
しかし、一昨年出た心不全学会の心不全手帳には、心不全の病みの軌跡の図が盛り込まれ、
コメディカルにも説明が求められていることがわかります。
もちろん繊細な話ですので、病状の受け入れ、
患者の心理状況についてアセスメントした上で開始することが望ましいです。
望ましいですが、記事の都合もあり僕はこれは絶対に行って欲しい説明の1つです。
むしろこの説明をできるくらいの関係を作ることが看護師には求められます。
医師は患者と同じ視点に降りて病状説明をすることはできません。
それができるのは看護師の仕事です。
看護師から病みの軌跡の説明が難しいようであれば、医師と一緒に病状説明に入り、
その後、患者や家族の理解を確認しながら、医師の言葉を借りて説明し直す、今後どうするか、といった話につなげていくと話をしやすいかもしれません。
「込み入った話もしていいんだ」と患者が思えれば、
それはそれで信頼関係を築くきっかけにもなります。
担当看護師であればこの辺りはしっかり介入しておいてほしいところです。
②リスクが高まる状況を把握してもらう
さらに、心不全の場合は、体液貯留がどのように起こりやすいかという病態的な特徴が患者によって異なるので、
入院時の身体症状や検査所見から、患者が体うっ血を優位なのか、肺うっ血優位なのか、といったことを把握することをオススメします。
入院時の血圧で重症度を分類するクリニカルシナリオが便利です。

それにより患者の病状悪化時の徴候や症状を患者と共有することに繋がります。
症例の患者の場合、水分と塩分管理が必要とされていることから、
徐々に体液の貯留するCS2タイプであることが予測されます(そうさせてください)。
ここで初めて、入院前の症状体験や、入院中に体重や下肢浮腫が減る体験を利用でき、
患者の症状の認識や、症状を確認する必要性の理解を促すことに繋がっていきます。
心臓や腎臓のような内部障害は、身体障害と違って目に見えない障害なので、
いかにそれら症状や徴候を患者にわかるもので可視化するかが重要になります。
心リハなどで、運動中の血圧や脈拍、息切れなどをBorgスケールで可視化し、
活動による心拍応答を一緒に理解していることで、
心負荷に対する対処方法を身につけることもできるかもしれません。
そういった知識や技術の確認の元で、
・毎日の体重測定や浮腫の確認
・活動による脈拍や息切れの有無をチェックする
このような退院後の課題を共有することに繋がっていくわけです。
③テーラーメイドのセルフマネジメント
ここまでして、初めて水分や塩分の管理が必要であることを伝えることができます。
もちろん医療者のいうことを有無を言わず守るコンプライアンス(言葉通り)のいい患者については、
パンフレットを渡すだけで事足りるかもしれません。
でも実際はそんな人だけじゃないから困ってるんですよね?
だからこそ、患者に合わせた退院後の目標設定が必要になります。
しかし、患者の生活レベルに合わせて目標設定してしまうと、
結局入院前と変わらなくなってしまう、
「その目標だといずれ入院してくるかも・・・」
こういった悩みにも繋がってきます。
もちろんこれについて看護師だけで判断する必要はありません。
しかし、患者の立場に立って医師と調整して目標設定し、入院覚悟で患者のQOLのために退院させたりするのも看護じゃないですかね?
患者が仕事を続けなきゃいけない立場なのかもしれないし、
家事をするのが唯一の役割だと自負している人かもしれない、
そんな患者の大事にしているものを取り上げてまで疾患管理をさせる意味はなんなんでしょう?
もちろん患者の命のためですよね。
患者が命を粗末にするような行動は勧められません。
しかし、患者が生活を続ける上で、疾患管理をどのように取り入れるかを、
しっかり理解した上で決定していることであれば、僕は理想通りである必要はないと思いますし、
それこそ本当のセルフケアなんだと思います。
□まとめ
症例の患者は、心疾患になりやすい生活をしてきましたが、
治療を続ける中でどんどん生活をしづらい身体になっていきました。
そのために患者は疾患管理を頑張る理由がないんですよね。
生きるためと言っても、死にたくはなくても、疾患管理を頑張るまでの理由までにはなってない。
そういった患者の希望を作ることは並大抵のことではありません。
僕ら医療者がその対象になることも難しいですしね。
ただ本当にこのままだとただ死ぬまで入退院を繰り返し、生活しづらくなっていくだけ。
そういうことはちゃんと話せる関係でいることは、
ACPや緩和ケアの観点からも重要な視点だと思います。
心不全を繰り返す過程において、
患者が何を動機づけに生活管理を決定していくか、
この過程を支えること自体が、僕はACPそのものだと思っているし、
看護そのものであると思っています。
看護はよく患者の伴走者として例えられることがありますが、
それと同時に、病気を持って暮らすことに対する希望を一緒に見つける人でもあってほしいと思うんですよね。
普段は、専門看護師、心臓リハビリテーション指導士として働きつつ、料理や栄養の知識なんかをInstagramやブログを使って発信しています。「はじめまして」はこちらから。